抗体改変技術の進化をがん領域創薬に生かす
私たちのグループでは、がん領域における抗体医薬品の開発に向けた、非臨床のプロジェクト創出と推進に取り組んでいます。近年、測定技術や解析技術の進歩により、がんのバイオロジーの理解が急速に進んでいます。体内に発生したがん細胞がどのように成長し変化していくのか、どのようなメカニズムで転移が起こるのかなどが、遺伝子レベルや蛋白レベルといった解像度で徐々に明らかになってきています。
これに並行して、中外製薬の強みである抗体改変技術も進化してきました。抗体医薬品は、がん細胞などの細胞表面の目印となる抗原を“狙い撃ち”することで、高い治療効果が期待できるものです。技術革新により、免疫細胞であるキラーT細胞を癌細胞に近づけ攻撃させる(T cell engager)、抗体に付与した毒性を癌細胞に取り込ませる(ADC)など、多様なアプローチが実現できるようなりました。副作用を抑えながら抗体の効果を最大限に発揮するには、がん自体の深い理解が欠かせません。両者の動向を絶えずキャッチアップしながら、うまく融合しうるコンセプトを見いだし、中外独自の革新的な医薬品の創製につなげることが、私たちのグループに課せられたミッションです。
加えて、近年は血液がん領域の創薬に向けた動きも推進しています。大腸がんや乳がんといった組織にできる固形がんに比べ、血液がんは患者数が少なく、社内のがん領域の創薬は長らく固形がんに優先度を置いたものとなっていました。しかし、血液がんのバイオロジーの理解が進んでいることや、社内外の薬剤開発動向、中外製薬の技術向上などを踏まえ、改めて血液がん領域での創薬開発に踏み出すことにしたのです。まずは社内の基盤固めとして、ロシュの血液がん関連チームとの議論や、臨床開発経験を持つ各部署との連携を図るなど、創薬プロジェクトの創出に向けて動き始めています。
簡単ではない、だからこそ大きなやりがいがある
創薬研究の醍醐味のひとつは、「理解し尽くすことがない」部分にあると感じています。細胞や疾患、タンパク質、遺伝子などの挙動はとても複雑で、解析が進めば進むほど、その全貌は生涯をかけても把握しきれるものではないと日々実感しています。ひとつひとつの実験においても、想定外の結果となることは珍しくないのです。しかし、いかなる結果だとしても、それは自分たちだけが世界で初めて目にしている生物反応であり、創薬に向けたひとつの「ピース」となるもの。このピースがなぜ生まれたのか、さらに仮説を立て、検証を積み重ねる過程こそが創薬研究であり、簡単ではないからこそ非常に大きなやりがいへと繋がっています。
また、創薬プロセスは、非臨床の研究段階から臨床を経て承認を得るまで20年単位といった長い期間を要します。それぞれのステージにおいて検討すべきポイントも多岐に渡り、成功確率は決して高くありません。私自身も、自分が携わった新薬の承認を見届けられない可能性は十分にあります。それでも、革新的なものをアウトプットできなければ意味はありませんし、それに少しでも携われることが、創薬に携わるモチベーションとなっています。
現在はグループマネジャーという立場になり、さらに上位のレイヤーから創薬プロセスを捉え直しています。非臨床研究のさらにその先、臨床、承認、販売に至るまで視野を広げたうえで、自分たちが成すべきことを考えたい。血液がん領域の取り組みもそのひとつです。心の底から期待できる新薬を患者さんに届けたい、その夢は入社当時から変わっていません。
キャリアエピソード
若手時代
入社当時は周囲の議論についていくのに必死で、早く追いつかねばと焦っていました。学生時代にそうしていたように、先輩方と雑談する時間も惜しみ、昼休みも一人で勉強していたのです。その後、同期や後輩が先輩たちから知識を吸収している姿を見て、「組織で成長するにはコミュケーションが大切なのだ」と気付かされました。また、入社4年目には産休・育休に入りました。会社生活から離れたことで、改めて組織に属していることの価値を実感し、復帰後はこの環境に感謝しながら、周囲とのコミュニケーションも意識して仕事を進めるようになりました。
中堅時代
入社5年目で、2万人規模の国際学会に初めて参加しました。がん領域の研究分野を俯瞰的にキャッチアップでき、さまざまな考え方やアプローチに触れることで、中外製薬の現在地を改めて把握することができました。これ以降、目の前の研究課題についても、全体像や背景を把握してから取り組むようになり、研究における自分の「軸」が形成されたように思います。入社10年目には、2回目の産休・育休に入りました。プロジェクトから一時的に離れざるを得ないのは研究者として忸怩たる思いがありますが、2人の子どもを育てる経験は違った面で自分を成長させてくれて、現在のマネジメントにも活かされていると感じています。
マネジャー時代
強いリーダーシップを持つタイプではないという自覚から、マネジメントではフラットな場作りを意識しています。メンバーがためらうことなく前向きに発言でき、お互いの仕事に興味を持てる風土となるよう、まだまだ模索を続けているところです。メンバーにはそれぞれ強みや弱みがあり、両者は時に裏返しとなる側面があります。強みをより伸ばせる環境にメンバーを割り当てるには相手への深い理解が必要であり、それには普段のコミュニケーションも欠かせません。それぞれの個性が相互に絡み合い、各プロジェクトがより良い方向に進める場を用意することが、私の役割であると認識しています。
研究職を志す皆様へ
シンプルな実験から見出される標的分子に対する創薬は、ほぼ網羅し尽くされており、今後はより複雑化していくことが予想されます。ただ、難易度が上がる一方で、解析技術も進化しているのも事実です。最先端の技術と独自のアイデアを組み合わせ、新薬の創出に向けて研究に取り組むことは、非常に刺激的で学びも多いことでしょう。困難な道のりだからこそ得られるものは大きいと思います。
- 所属部署等は取材時のものです。