中外製薬

1 研究本部・トランスレーショナルリサーチ本部

研究員紹介
Researchers

機械学習技術を用いた
抗体配列最適化に取り組み、
創薬プロジェクトに貢献する

創薬基盤研究

白井 和英Shirai-Kazuhide

創薬科学研究科 基盤創薬学専攻 修了
2021年入社

キャリアパス

  • 2011

    前職である光学機器メーカーに新卒入社。研究部門において、配列/画像解析アルゴリズムの研究開発に従事

  • 2021

    中外製薬へ中途入社。研究本部 モダリティ基盤研究部にて、抗体製薬プロセスにおける機械学習技術の適用をテーマとした研究開発に携わる

中外製薬の強みを生かした機械学習適用の枠組み

所属するマシンラーニンググループは、機械学習を用いて創薬に貢献することをミッションに掲げています。私が携わっているのが、抗体創薬プロジェクトにおける「配列最適化」と呼ばれるフェーズです。タンパク質の一種である抗体は、アミノ酸で構成されており、そのアミノ酸の種類と場所の組み合わせによって抗体の性質が決まります。各創薬プロジェクトにふさわしい特性を抗体配列に付与するために、そのアミノ酸の並びを最適化する必要がありますが、理論上生じうる並び方のパターンは20の200乗以上にもなり、これらすべての配列の性質を実験によって確かめることは非現実的です。この膨大な候補の中から、機械学習を用いて至適な配列を導出するというテーマの研究開発を行っています。

中外製薬はデータ取得基盤に強みがあり、機械学習に必要不可欠となる高品質かつ大量のデータを取得できる実験プラットフォームが存在し、日々アップデートされています。我々は、そのような社内に蓄積された高クオリティのデータを利用することで、実用的な機械学習の性能を得ることができるのです。とはいえ、単純にボタンひとつでデータや予測結果が得られるわけではありません。ウェット系研究員による「適切な実験系のデザイン」や、ドライ系研究員による「各プロジェクト要求仕様の機械学習デザインへの落とし込み」、そしてウェット系研究員とドライ系研究員のコラボレーションの結果として生じる創発性など、現実には多くの部分で、エキスパートである人間が介在する必要があり、それこそが現状の課題だと認識しています。人の仕事と計算機の仕事は決して対立するものではなく、両者がお互いの仕事を補い合いながら、共に支え合って問題解決を図ることが重要だと思います。将来的には、ドライとウェットの協業という観点に立った、そのような新たな仕事の枠組みを提示できるような人材になれたらと考えています。

託されたバトンを患者さんへ

創薬プロジェクトにおける配列最適化の主担当を初めて任されたことが、創薬研究者としての私の職業意識を大きくアップデートするきっかけとなりました。課せられた責任の重さに手が震える思いでしたが、最適化を進行する中で、「このバトンを落としてはならない」という意識も芽生えました。私は創薬プロジェクトを構成する多段的なプロセスのごく一部を担っているにすぎず、その前後には多くの研究者の努力と工夫が連なっています。「託されたバトンは、自身が責任をもって、次の走者である他の研究者、ひいては最後に待つ患者さんまで渡しきらなければならない」。自分が果たすべき、そうした役割を再認識することができた貴重な経験であったように感じています。

もちろん、そのバトンは私一人だけが握るものではありません。同じグループのメンバーを始め、社内にはさまざまなバックグラウンドを持つスペシャリストたちが在籍しています。創薬というチャレンジの場において、チームで一丸となり課題に取り組む過程を通して、自分の成長を日々感じられることが、私のモチベーションになっています。

キャリアエピソード

若手時代

私は光学機器メーカーに新卒入社し、研究開発に携わっていました。堅実なものづくりが重視される社風であったこともあり、「企業での研究に求められること」を学べた経験は、今に至るまでのさまざまな局面で役に立っているような気がしています。アルゴリズムの研究開発を題材に一つ例を挙げるとすれば、「企業研究においては、瞬間最大風速的な性能を出すことと同じくらい、性能のロバスト性が重要視される」ということでしょうか。堅牢なデータセットでの性能が、自社製品のユースケースにおける多様なデータに対してはどの程度変化しうるかの検証が必要であり、単にアルゴリズムを開発して終わりではなく、その実適用の在り方までを視野に含める必要があるという気づきを得たことで、研究テーマとの向き合い方に厚みが得られたように感じています。

中堅時代

若手時代、研究のロードマップは上司から示されるものでしたが、いわゆる中堅になるにつれ、自身でそれを策定するためにはどうすればよいのか、ということを考え始めるようになりました。よく言われていることですが、「個人のビジョンを掲げ、それを所属組織との間で充分にアラインすること」「ビジョンとストラテジーを混同しないこと」「自身の研究テーマにオーナシップをもつこと」が大切だと考えています。「理想とする世界はどのようなもので、現状を踏まえたうえで、その実現に向けて何をしていくべきなのか」を主体的に考え続けることが、適切なロードマップの策定につながるのではないかと思います。

研究職を志す皆様へ

「研究は楽しい!」と言うのは簡単ですが、実際の研究生活を送る中では、大変なこと・つらいことの方が多いのは、皆さんもお気づきかと思います。当初抱いていたモチベーションが、そうした日々の中で次第にすり減ってしまい、明日に希望を持てなくなってしまうことも、時にはあるのではないでしょうか。「自分が今の場所に向いていないからといって、他の場所にも向いていないとは限らないよ」。これは私が修士課程に在席していた研究室の恩師の言葉です。本来楽しいはずの研究が辛くなったら、それは環境との相性の問題かもしれません。最も大事なことは、研究成果を出すことではなく、心身ともに健やかに、今日も明日も明後日も研究をし続けることだと心の底から思います。幸いにも私は今、とても充実した研究環境に身を置けていると感じています。あなたにとっても、そうした場が、いつか見つけられることを祈っています。

  • 所属部署等は取材時のものです。