中外製薬初となる中分子プロジェクト
製薬研究部ケミカルは、医薬品の有効成分である「原薬」の合成プロセスを構築し、非臨床および臨床の現場に原薬を供給することをミッションとしています。候補物質を探索する創薬プロセスが「なにを作るか」をテーマとするのに対し、製薬プロセスは「どう作るのか」が主題となります。単に化合物を合成するだけでなく、実生産を見据えて製造コスト低減や製法の堅牢性、操作の簡便性などを追求しなくてはなりませんし、環境や安全への配慮、薬事法などの法令への対応も欠かせません。製薬に携わる研究者は、幅広い視野と深い専門性、そして新薬をいち早く患者さんに届けるべく、限られた期間内に最大限のアウトプットを出すことが常に求められています。
私のグループでは、主に新規中分子プロジェクトの原薬製法開発を担当しています。中外製薬では抗体(高分子)と低分子に続く「第3のモダリティ」として、ペプチド(中分子)の技術基盤確立に取り組んでおり、私は開発初期から中期にかけての原薬製法開発にマネジャーとして携わっています。中分子は、低分子に比べて分子量が非常に大きく、構造もより複雑なため、製法の難易度は高く、また、化学合成の工程数が大幅に増えるため、不純物の抑制や臨床に向けた大量合成など、乗り越えるべき課題も多岐に渡ります。製法開発の道のりは決して平坦ではなく、迫り来るタイムラインの中、より良い製法を求めて試行錯誤を繰り返すことも少なくありません。それゆえに、課題を解決できたときの喜びは格別であり、サイエンスがはらむ興奮を肌で感じられる仕事だと自負しています。
「世界最高レベル」のスピード開発を目指して
マネジャーの仕事で最も難しいのは、最初に「作戦」を立てる部分です。あるテーマについて製薬プロセスを進めるには、どういった合成法にするのか、製造はどの時期に、また、自社工場か社外の委託先かなどのどのサイトで造るのか、といった開発方針を立てる必要があります。さらにテーマは複数あり、それぞれをどう進めれば会社や患者さんにとってベストな形になるのかを考慮しながら、メンバーや工場などのリソースをパズルのように当てはめていかねばなりません。メンバーが自律的に行動でき、心に余裕を持って物事に当たれるようにするためにも、マネジャーは場づくりやサポートに徹し、大局を捉えることが重要だと考えています。
今後目指しているのは、世界最高レベルのスピードでの原薬製法開発です。開発初期の方針は上市までのタイムラインに大きく影響を及ぼします。そうした中で最適な戦略を立て、いかに早く臨床まで到達するか、そして、いかに早く候補物質の製法を確立するかが、新規医薬品開発を成功させる鍵となっています。原薬製造法の開発ならびに新規技術開発のレベルアップはもちろんのこと、先進的な合成装置の導入や機械学習の活用といった環境整備も必要となります。現在はラボのオートメーション化にも取り組んでおり、実験業務の自動化をはじめ、リモートで実験を可能にすることで、柔軟な働き方ができる環境を整えているところです。グローバルから人材が集まるような魅力的な組織を作り、さらなる高みに到達したいと考えています。
キャリアエピソード
若手時代
入社当時は先輩社員との実力差に圧倒される日々で、一日も早く一人前のケミストとして認められたいと必死でした。入社5年目に担当したプロジェクトで求められたのは、製造コストを極限まで低減し、かつ大量生産が可能な製法の開発。難易度が非常に高く、夢にまで原薬の構造が出るほどもがいた結果、半年ほどかけて合成法を見出すことができました。また入社10年目には、これまでの成果を特許出願したり、学会発表したりする機会にも恵まれ、実験室で見出した製法が、実際に世界中の患者さんの役に立てているのだと実感することができました。
中堅時代
原薬関連のテーマリーダーとして、プロジェクト推進を担当しました。製法検討や製造などの方針を立案し、製薬技術本部をはじめ、さまざまな関連部署とやり取りしながら、開発タイムラインに沿ってプロジェクトを進めていきました。若手時代は部内でのやりとりが中心でしたので、この経験で視座が一段高まった実感がありました。また、製造を社外のパートナーに委託することも多々あり、社外とのやり取りでは会社の代表として意見を述べるように、常に自分自身に意識付けをしていました。社内外を巻き込んでスケールの大きな仕事ができることに、この仕事の醍醐味を感じ始めた時期です。
マネジャー時代
マネジャーに就任して初めて担当したのが、新たな中分子プロジェクトです。マネジャーも初めてなら、中分子テーマの原薬製法開発も初めてで、しばらくは試行錯誤の日々が続きました。グループを運営するうえで理想としたのは、メンバー全員がビジョンを共有しつつ、それぞれが自律的に活動する「組織化された混沌※」の状態です。そのためにも、心理的安全性を確保し、徹底的に本音で議論ができる環境作りを目指しています。その成果もあり、低分子プロジェクトと同じ開発スピードで、中外製薬初となる中分子プロジェクトの臨床開発入りに貢献できました。メンバーが一丸となって壁を乗り越えた経験は、この先も組織が成長する糧になると強く思っています。
- ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏の言葉
研究職を志す皆様へ
アカデミアと同じく、企業での日々の研究もトライアンドエラーの繰り返しです。思うように結果が出ないことも多々ありますが、問題解決に向けてメンバー全員で全力を尽くして考え、解決できたときの喜びは格別だと感じています。チャレンジを通して革新的な医薬品を創出し、社会に貢献したいという熱意を持っている方と、一緒に仕事ができることを楽しみにしています。
- 所属部署等は取材時のものです。